業界トピックス
企業法務における「臨床法務」とは?現場対応の実務から必要なスキル・マインドまでを具体的に解説
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「臨床法務」とは?企業法務における位置づけと特徴
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臨床法務の仕事内容と役割──現場での対応と求められる姿勢
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業界・業種によって異なる臨床法務の実務とは?
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臨床法務の注意点と、予防法務の段階で意識すべきこと
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臨床法務に資格は必要?求められる能力・適性・マインドセットとは
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企業法務の仕事は多岐にわたりますが、その中でも実務の現場で発生した法律問題に対処する「臨床法務」は、実践的かつ即応性の高い分野として注目されています。
予防法務のように将来のリスクを想定して事前に対策を講じるのではなく、臨床法務は実際に問題が発生した“そのとき”に、迅速かつ的確に対処する法務対応のことを指します。
この記事では、臨床法務の定義や役割、必要なスキルやマインドセット、業界ごとの傾向、法務キャリアへの活かし方などを、弁護士である筆者の実務経験も交えて詳しく解説します。
「臨床法務」とは?企業法務における位置づけと特徴
「臨床法務」とは、企業活動の中で実際に起きたトラブルや法律問題に対し、事後的に対応・解決する法務業務を指します。
たとえば、取引先との契約トラブル、従業員との労務紛争、クレーム対応、あるいは訴訟・調停・仲裁などが発生した際に、法務部門が前面に立って解決にあたる――これが臨床法務の典型的な場面です。
医療の世界で言えば「予防医学(健康診断)」が予防法務、「臨床医学(治療)」が臨床法務に該当します。どちらも企業法務には不可欠であり、臨床法務は“問題が顕在化した後”にその事実関係を調査し、対応方針を定め、関係者と連携しながらリスクの最小化・解決を図ることが求められます。
臨床法務の仕事内容と役割──現場での対応と求められる姿勢
臨床法務の現場では、「正解のない状況」に向き合いながら、いかにして企業のリスクを最小化するかが問われます。
ここでは、筆者が企業の法務担当として対応した実例をもとに、臨床法務の実務を具体的にご紹介します。
■日常的に発生する“軽微なトラブル”への対応例
臨床法務の現場では、訴訟や労働審判といった大きな問題に限らず、日々の業務のなかで発生する“ちょっとしたトラブル”への対応も重要な役割です。
たとえば、筆者が法務を担当していた企業では、ある取引先から「納品された製品が仕様と違う」とのクレームがありました。
実際には、仕様書に明記されたとおりの設計であり、製品に欠陥があるわけではありませんでしたが、営業側の伝え方に一部あいまいな表現があり、相手先が誤解していたのです。
このとき、臨床法務として対応した内容は以下のとおりです。
・製品仕様書・見積書・契約書などの確認
・社内の設計・技術部門と実際の製品内容のすり合わせ
・営業部門と顧客間のメールや商談記録の検証
・顧客との電話・書面での丁寧な説明と、謝意の表明
問題を法的に争うほどではなく、また損害賠償リスクも低いと判断されたため、追加費用なしでの代替品納品を提案し、結果的に相手方の納得を得て、円満に解決しました。
このようなケースでは、「契約上の責任がどちらにあるか」だけでなく、ビジネス関係を今後も維持するためにどう着地させるかという観点が不可欠です。
また、以下のような“小さな火種”に対しても、臨床法務が対応を求められる場面は少なくありません。
・社内規程を無視した稟議があった際の処理
・請求書と契約金額が一致しないことによる支払い保留トラブル
・SNS上で自社製品への批判的投稿が拡散された場合の対応
いずれも、放置すれば後々の法的リスクに発展する可能性があるため、小さな問題のうちに収束させることが、臨床法務の価値といえます。
■契約トラブル・従業員対応などのリアルな現場
臨床法務では、社内外の関係者との間で生じるさまざまなトラブルに対応する必要があります。
中でも多くの企業で頻発するのが、従業員との関係に起因する労務トラブルや、取引先との契約トラブルです。
たとえば、ある従業員が不適切な行動を起こし、社内調査の末に自主退職という形で退職したケースでは、数か月後に「退職を強要された」として労働審判を申し立てられました。
このような事案では、当時の面談記録や社内調査の報告書、関係者とのメールのやり取りなどを整理・分析し、会社側の対応が妥当であったことを根拠立てて主張していく必要があります。
結果としては、労働審判において一定の解決金を支払うことで、和解により紛争を終結させました。
また、契約トラブルも日常的に発生します。
たとえば、契約書の文言を取引先が都合よく解釈し、本来想定していなかった要求をしてくるケースや、業務の履行状況に関して認識のズレが生じ、支払いに関するトラブルになることもあります。
このような場合、法務は契約書だけでなく、交渉の過程や関連する書面、メールのやり取りなども含めて、双方の合意形成の経緯を把握・分析し、誤解の解消や対応方針の検討にあたります。
契約の文言上の主張だけでは解決しない局面も多く、実務や現場感覚とのバランスをとりながらリスクを制御することが、臨床法務の醍醐味ともいえるでしょう。
■訴訟案件の対応──原告・被告としての立場の違い
臨床法務の業務において、トラブルの内容や相手方の対応次第では、訴訟という法的手段をとらざるを得ない場面もあります。
その際、企業が置かれる立場が「原告」なのか「被告」なのかによって、対応の方向性や社内での動きは大きく異なります。
①被告となるケース
企業が訴えられた場合、初期対応で重要なのは、事実関係の把握と社内体制の整備です。
たとえば、ある取引先から「約束された引き渡しがなかった」として損害賠償を請求されたケースでは、契約書の文言だけを見ると、相手方の主張にも一理あるように思えました。
しかし実際には、その引き渡し対象となる追加業務について、正式な発注手続きがなされておらず、当社に履行義務は発生していないと判断できる状況でした。
この事案では、以下の対応を行いました。
・メールのやり取りや稟議書を精査し、正式な契約手続きがなかったことを立証
・現場担当者からの聞き取りによって、当初の交渉経緯を補強
・社外弁護士と連携して答弁書を作成し、反論を構築
その結果、訴訟上の和解協議において、相手方の請求額が大幅に減額される形で和解が成立し、企業側の主張が一定程度受け入れられる形での解決となりました。
このように、被告となる訴訟では、「正しくなかったことを否定する」のではなく、「正しく対応してきたことを証明する」という姿勢が求められます。
②原告となるケース
逆に企業が原告として訴えを提起する場合は、訴訟そのものの是非も含めて、より戦略的な判断が必要です。
実際に筆者が関与したケースでは、繰り返し納期遅延を起こす下請業者に対して損害賠償を請求するかどうかを検討したことがありました。
製造ラインに影響が出たことで一定の損害は生じていたものの、相手先とは長年の取引関係があり、今後の協力体制も視野に入れなければなりませんでした。
そこで、
・損害額の立証可能性
・今後の取引継続方針に関する社内調整
・交渉による解決の可能性の検討
・経営陣への訴訟リスク・コストの説明と提案
といった工程を経た上で、最終的には訴訟を見送り、契約内容の見直しと厳重注意で解決するという判断に至りました。
原告側に立つ場合は、「勝てるかどうか」ではなく「訴えることが本当に会社の利益になるか」を見極める視点が不可欠です。
業界・業種によって異なる臨床法務の実務とは?
臨床法務の仕事は、企業の業界や業種によって大きく様相が変わります。
同じ「トラブル対応」といっても、誰を相手にするか(BtoBかBtoCか)や、社内の組織構造、商習慣の違いによって、対応のスタイルや必要とされるスキルが異なるからです。
以下では、いくつかの典型的なパターンを挙げながら、業界ごとの臨床法務の違いを見ていきましょう。
■不動産・建設業などtoC領域の特徴
不動産業や小売、飲食、宿泊など、一般消費者を直接相手にするBtoC業界では、クレームやトラブルの発生頻度が高く、臨床法務の出番も日常的です。
たとえば、
・契約内容の理解不足によるトラブル
・接客や対応の行き違いに端を発するクレーム
・ネット上での風評被害への対応
といった、感情面を含む複雑な問題に向き合う必要があります。
このような業界では、法的知識だけでなく、相手の不満や主張を冷静に受け止め、落としどころを見つける交渉力や共感力が求められます。
場合によっては、法務がフロント対応に出ることもあります。
■メーカー・BtoB企業での対応
一方、法人間取引が中心となるBtoB業界では、契約トラブルや納期・品質をめぐる争いが中心となります。
たとえば、メーカーであれば、
・品質に関する解釈の違い
・発注書や合意書の不備
・検収のタイミングをめぐる認識のずれ
など、実務上の運用と契約内容のズレによるトラブルが多く発生します。
BtoBの場合は、契約書の読み込みはもちろん、現場の実態とのすり合わせや、技術的な内容を正確に理解する力も臨床法務に求められます。
社内の営業や技術部門、品質管理部門など、複数の部署との連携がカギとなります。
■従業員トラブル対応に強い業界の傾向
従業員とのトラブル対応は、臨床法務のなかでも特にセンシティブかつ複雑な分野の一つです。
パワハラやセクハラ、メンタル不調、評価や配置転換をめぐる不満、退職・解雇をめぐるトラブルなど、「社内で起きたこと」を社内でどう処理するかが問われる場面が多くあります。
こうした労務リスクに対して、業界ごとに対応力には差が見られます。以下では、従業員トラブルへの対応に比較的強い傾向のある業界を紹介します。
①人材業界・コンサル業界
人材紹介・人材派遣業界、また社労士法人や人事系コンサル会社では、労働関係法規に日常的に触れている担当者が多く在籍しているため、従業員トラブルに対して制度的・手続き的な備えがあるケースが多いです。
トラブルが発生した場合にも、
・相談窓口の整備
・初動対応マニュアルの整備
・記録保全・ヒアリング手順の徹底
などが実践されており、法務と人事・現場が連携して適切な初期対応が取れる体制が整っている傾向にあります。
②インフラ・大手製造業:法務・人事部門の層が厚い
従業員数が多い企業ほど、労務問題に直面する機会も多く、対応体制も洗練されている傾向があります。
特に、大手製造業や交通・エネルギーなどのインフラ系企業では、長年の経験から蓄積されたノウハウがあり、法務部門と人事部門が協働して動ける体制が比較的確立しています。
たとえば、
・ハラスメント案件の内部通報制度
・労働組合対応の経験値
・労働審判・訴訟対応の社内マニュアル
など、制度と実務の両面において備えていることが多いのが特徴です。
臨床法務の注意点と、予防法務の段階で意識すべきこと
臨床法務は、トラブルが発生した「あと」に動く仕事ですが、実は予防法務の段階での意識や準備が、臨床法務の質を大きく左右することがあります。
ここでは、臨床法務の実務において陥りやすい注意点と、予防法務との接続の重要性について解説します。
■臨床法務の難しさは「グレーな状況」への対応にある
臨床法務で扱う多くの案件は、明確に白黒がつくようなものではありません。
事実関係が曖昧だったり、関係者の主張が食い違っていたり、契約や規程の想定を超えた状況が発生したりします。
そのため、臨床法務では次のような点に注意が必要です。
①早期の事実確認と証拠の確保
時間が経てば証拠は失われ、記憶はあいまいになります。初動が重要です。
②感情や立場に流されない冷静な分析
「誰が悪いか」ではなく「何が起きたか」を軸に整理します。
③社内での役割分担の明確化
法務、人事、現場、経営層が混在しがちなので、指揮系統を明確にします。
臨床法務では「正しさ」よりも「落とし所」が重視される場面も多く、状況に応じた柔軟な対応力が求められます。
■予防法務の設計が、臨床法務の負担を軽減する
臨床法務を担当していると、「これは予防法務の段階でもっと手を打てたのでは」と感じることも少なくありません。
たとえば次のようなケースです。
・ハラスメント対策の体制が未整備で、社内対応が後手に回った
・契約書の曖昧な表現が、解釈の食い違いを招いた
・重要な合意内容が文書化されておらず、証拠が不足した
こうしたケースでは、トラブル発生後の対応がどうしても消極的・防御的にならざるを得ず、企業側にとっても不利な状況に追い込まれるリスクがあります。
だからこそ、予防法務に携わる方も、「もしこの条項が問題になったら?」「トラブルが起きたら誰が動く?」という臨床法務的な視点を持って契約や制度設計に関与することが重要です。
■臨床法務と予防法務は「別物」ではなく「補完関係」
予防法務と臨床法務は対立するものではなく、むしろ相互に影響し合う関係にあります。
予防の精度が高ければ臨床での負担が軽くなり、臨床の経験が蓄積されれば、より実効性のある予防法務が実現できます。
臨床法務を担当する法務担当者は、トラブル対応のノウハウを社内に共有し、再発防止策の構築や規程・契約の見直しに活かすことで、企業全体のリーガルリスクマネジメントを底上げすることができます。
臨床法務に資格は必要?求められる能力・適性・マインドセットとは
臨床法務は、企業における法的トラブルの“現場”に立って対応する実務です。
そのため、法律の専門性だけでなく、状況判断力やコミュニケーション力も強く求められます。
では、この仕事に就くには資格が必要なのでしょうか?どんな人が向いているのでしょうか?
以下では、臨床法務で求められる要素を具体的に解説していきます。
■臨床法務に資格は不要?誰でもできる?
結論から言えば、臨床法務を担当するのに特別な資格は必要ありません。
確かに一部の企業では、社内弁護士が訴訟対応までを含めて担っていることもありますが、多くの企業では、法務担当者が弁護士と連携しながら臨床対応にあたる体制であることが多いです。
重要なのは、法的な基礎知識を持っていることよりも、実際に起きた問題にどう対応するかを冷静に考え、関係者と調整できる力です。
法律の専門家でなかったとしても、経験を積むことで十分に力を発揮できるポジションです。
■訴訟対応など、高度な判断力が求められるケースも
臨床法務の基本は、トラブルの当事者同士の間に立ち、事実を整理して社内外の関係者と連携する“橋渡し”役ですが、事案によってはそれだけでは済まされない局面に立ち会うこともあります。たとえば、訴訟の提起や和解、謝罪や報道対応といった、企業としての意思決定に深く関わる場面です。
訴訟対応が必要となる場面では、顧問弁護士とともに法的主張や証拠の整理を行うのはもちろん、企業としてどのようなスタンスで臨むのかを社内で固める役割も臨床法務に求められます。法務担当者が単なるサポート役にとどまらず、経営陣に対して複数の選択肢とそれぞれのリスク・コスト・対外的影響を整理して示し、意思決定を促すケースも珍しくありません。
■臨床法務に向いている人の特徴とは?
臨床法務は、トラブルが実際に起きたあとに対応するという性質上、感情的な場面に立ち会うことが少なくありません。クレーム、社内の不祥事、従業員との紛争、取引先との食い違い……そうした複雑な状況の中で、冷静に対応し、解決まで導く力が求められます。
そのため、臨床法務に向いているのは、まず何よりも「事実を客観的に見つめられる人」です。誰が正しい、誰が悪い、という感情論に流されず、淡々と事実を拾い上げ、必要な情報を整理できることが重要です。加えて、相手の立場や気持ちにも配慮しながら、調整や交渉を前に進めていけるバランス感覚も欠かせません。
また、臨床法務は「こうすれば必ず解決する」というマニュアル的な仕事ではありません。正解のないグレーな事案に向き合いながら、社内の事情と法的リスクの狭間で、現実的な着地点を探る仕事です。自分で判断を下す場面も多く、迷いながらでも前に進む“決断力”が必要になります。
一方で、「人の話を丁寧に聞くのが得意」「意見の違う人の間に立つのが苦にならない」といった資質も、大きな強みになります。臨床法務の仕事は、法律の知識だけでなく、人に向き合う姿勢や対人関係の柔軟さにも支えられているからです。
臨床法務に必要なのは、特別な資格や経験ではなく、トラブルに直面したときに冷静でいられる胆力、そして周囲の人と協力して乗り越えようとする姿勢です。粘り強く、誠実に物事に取り組める人にとって、非常にやりがいのあるフィールドと言えるでしょう。
企業法務・臨床法務のキャリアに興味がある方はC&Rリーガル・エージェンシー社へ
ここまでご紹介してきたように、臨床法務は、企業内で実際に起きたトラブルに真っ向から向き合い、解決に導く実践的なポジションです。契約の知識だけでなく、現場との連携、感情の調整、判断力や説明力といった、幅広い力が問われる難しさとやりがいがあります。
また、臨床法務を経験することで、「現場でどんなリスクが起きるのか」「契約や制度のどこに弱点があるのか」といった、いわば“生きた法務感覚”が身につきます。これは、将来的に予防法務や戦略法務へキャリアを広げていく上でも大きな財産となるでしょう。
法務のキャリアを検討されている方、あるいは今後の方向性に悩んでいる方にとって、「臨床法務」は実務の中で成長しながら、法務の本質に触れられる非常に良い入口になります。
もしあなたが企業法務や臨床法務のキャリアに興味をお持ちであれば、ぜひ一度、C&Rリーガル・エージェンシー社にご相談ください。法務・弁護士領域に特化した専門エージェントとして、あなたの志向や適性に合った企業、ポジション、働き方をご提案いたします。